2018年から経済産業省が公表するようになったDXレポート。日本のDXにまつわる状況・問題を提示するとともに、企業がDXを推進するための政策などを打ち出しています。
本記事ではDXレポートの概要・政策に加え、大手コンサルティング企業の調査結果もご紹介。DXレポートの理解を深めるきっかけにしてみてください。
2018年DXレポートが示した“ 2025年の崖 ” とは?
2018年4月に公開された最初のDXレポートでは、日本が抱える危機を“ 2025年の崖 ” という言葉で表現しました。
もし日本がDXを推進しない場合は「 最大で年間12兆円の経済損失が生じるリスクがある 」と明示し、この問題を解決するための方針を打ち出しているのです。
まずは、この“ 2025年の崖 ” について詳しく見ていきましょう。
老朽化・肥大化・複雑化・ブラックボックス化
日本の既存システムの多くは老朽化・肥大化・複雑化・ブラックボックス化しています。これにより、十分にシステムを活用できておらず、市場の変化に適応し切れていません。
さらに、古いシステムの維持管理費がかさみ、大きな負担やセキュリティ上の問題が可視化しています。
1960年代のパソコンが出始めた初期の人材が、現在の日本のIT業界の経営を担っています。新たにデジタル技術を導入するには人材確保が欠かせません。
しかし、若い世代のIT人材は2015年時点で約17万人も不足しています。
業務効率・競争力の低下による弊害
古いシステムに頼っている日本は、新しい技術を使った国際社会での競争に出遅れています。DXレポートには2025年から2030年の間に「 最大12兆円の経済損失が生じる 」と記載されています。
古いシステムに頼り切りの老舗企業ほど、拡張性や保守性の低下により柔軟に対応できず、大きな損失が出る可能性が高いです。
DXレポートで経済産業省が訴えていること
“ 2025年の崖 ” を乗り越えるには、経営面・人材面・技術面を新たに見直す必要があります。そんな中、経済産業省が出したDXレポートでは、いくつかの打開策を提示しています。
ITシステム再構築・DX推進の必要性
DXレポートでは「 ITシステムを再構築すること 」と「 できる限りDXを推進すること 」の2点が訴えられています。そして、これらを実現するために以下の内容が明示されています。
- 不要なシステムを廃棄して新しい効率的なシステムを導入
- 共通プラットフォームの活用によるリスク軽減
- 顧客や市場への柔軟な変化・対応を優先
- クラウド・モバイル・AIなどのデジタル技術を積極的に導入
- 新しい製品・サービス・ビジネス・モデルを世界の市場へ向けて発信
- 技術的負債を解消しながら効率的なIT技術を取り入れる( 維持管理→効率化へ )
- マイクロサービスやテスト環境を自動化して効率を上げる
- あらゆる事業分野でデジタル技術を導入・人材を教育する
- DXにより新規市場を開拓する
まずは現在負債になっている古いシステムを「 変える必要がある 」と認識することが重要。思い切って手放し、現代に適した最新システムを取り入れることで、損失を軽減する目的があります。
「 DX 」と聞くと専門的な印象を抱きがちですが、あらゆる事業分野にデジタル技術を導入できます。
昔ながらの業務を積極的にデジタル化することで、作業効率を上げることが可能に。DX推進により今まで挑戦できなかった新規事業の開拓もできるようになるのです。
2020年時点でのDX推進は停滞気味
2018年に経済産業省が最初のDXレポートを提示し、2020年にはその進捗をまとめたDXレポート2( 中間取りまとめ )が公表されました。
このDXレポート2によると、2020年時点のDX推進は“停滞気味 ” とのこと。停滞原因としては「 各関係者間での対話不足 」を挙げています。
DXを推進するための経営層のマインドや、社内外に発信・伝達するための対話が不足している。
つまり、DXがなぜ必要なのか、どのように進めればいいのかが具体的に分からず、実行に至らなかったのだと考えられています。
「 DX 」という言葉が独り歩きして、データ収集や分析・外部との情報共有が不足しているのかもしれません。
改正産業競争力強化法のDX投資促進税制とは?
DXレポートに関連した経済産業省の取り組みとして、2021年3月には「 2021年度税制改正法案 」が可決・成立しました。
これにより、「 DX投資促進税制 」という企業のDX推進を促すための政策が進められるようになったのです。
税制に基づき、DXに必要なデジタル関連投資については、税額控除・特別償却を講じることができます。
この税制の適用期限は、産業競争力強化法の改正法施行日から2023年3月31日まで。
DXレポートで訴えた“ 2025年の崖 ” に対応するため、企業の古いシステムからの脱却やクラウド技術の活用、セキュリティの向上をサポートしてくれているのです。
DXレポート2( 中間取りまとめ )を解説
DXレポートの概要が分かってきたところで、続いてDXレポート2( 中間取りまとめ )の内容を紐解いていきましょう。
DXレポートの基本政策
まず、DXレポートの基本政策としては以下のものが挙げられます。
- DX推進ガイドライン
- DX推進指標
- デジタルガバナンスコード
- DX経営銘柄・DX税制
- デジタルアーキテクチャ・デザインセンター( DADC )
それぞれの概要や意味を見ていきましょう。
DX推進ガイドライン
「 DX推進ガイドライン( デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン ) 」には、どのような方向性でDXを推進すれば良いか、あらゆる企業に応用できる項目が記載されています。
- 経営戦略やビジョンを提示して組織全体で共通認識を持つ
- 経営トップのコミットメントが必要
- DXを推進のための体制を整備する
- 必要な技術に対して中長期的なIT投資をする
- DXにより新しい変化へスピーディに対応できるようにする
このように、経営トップと実務担当者の認識共有や、DX推進部門の設置などを推奨しています。
例えば数々のDX成功事例を持つデンソーは、社長自らDXの指揮を執り、100人規模の“ デジタルイノベーション室 ” を設置していることで有名です。
とはいえ、最初から大規模にする必要はなく、片手間にしない工夫が重要です。DXを推進するためのデジタル技術はかつて「 コスト 」として捉えられていましたが、「 投資 」という認識を持った方がいいでしょう。
つまり、コストパフォーマンスの悪い、古いシステムの維持へ投資するのではなく、将来の利益を増やしてくれる新規技術へ投資するべきという考え方です。
そして、DX推進により作業を効率化するだけでなく、「 市場変化に対応できる柔軟性 」の実現を重要視しています。
DX推進指標
DXが進捗しているかどうかを自己判断する基準として、DX推進指標が公表されています。
合計で35項目あり、経営幹部・事業部門・DX部門・IT部門が話し合いながら回答するもの。
これにより、現状認識・新たな気付きを促したり、次のアクションを見つけ出したり、進捗を管理する狙いがあります。
参照/DX推進指標
デジタルガバナンスコード
経営者に求められる対応をまとめたものが「 デジタルガバナンス・コード 」。経営ビジョンの策定や公表の基準や手法を示しています。
DX推進の方向性を知るために、ビジョンを固める前に読むことを推奨します。
参照/デジタルガバナンスコード
DX経営銘柄・DX税制
経済産業省は積極的にIT利活用へ取り組む企業に対して、2015年から2019年までは「 攻めのIT経営銘柄 」、2020年から「 DX銘柄 」として選定を行っています。
企業がDXを推進しやすくするために税制の対応も進めており、その一環が前述した「 DX投資促進税制 」です。
デジタルアーキテクチャ・デザインセンター( DADC )
「 デジタルアーキテクチャ・デザインセンター( DADC ) 」という機関は、市場動向や社会構造を踏まえたITシステムの設計を推進しています。さらに、そのための人材育成にも力を入れています。
DX推進指標の現在値
経済産業省では前述したDX推進指標の結果を集計しており、DXレポート2( 中間取りまとめ )には現在値が記載されています。
レベル0~5の6段階で数値が算出される仕組みで、2020年時点で全指標の平均現在値は1.45。また、企業が設定した目標値は全指標で3.05でした。
これに対して、上位5%に位置する先行企業の全指標の平均現在値は3.40。先行企業が設定した目標値は全指標で4.62。
先行企業と全企業の平均値では、スタート地点から大きな差が開いていることがうかがえます。
全体で見るとDX推進は停滞気味。その中でも上位5%の企業は着実にステップアップしています。
短期施策と中長期的対応
DXレポート2では、短期から中長期までのアクションを複数組み合わせることを提言しています。短期施策としては以下が挙げられます。
- DXを推進するための体制を整備
- 既存システムを改築するDX戦略の策定
- DX推進状況を把握・分析する
続いて中長期的対応は以下のとおりです。
- 産業変革をさらに加速させる
- デジタルプラットフォームの形成
- DX人材を確保・育成
それぞれ詳しく見ていきましょう。
DXを推進するための体制を整備
1つ目の体制整備については、経営層・事業部門・IT部門などの各部署が対等に話し、方向性を決められる環境作りを促しています。
全員が共通理解することで、アイデアを作ったり検証する過程がスムーズになります。さらに、心理的な結束を作り、組織の改革を強固にする意図があるとのことです。
それに加え、経営トップと対等に会話できる経営層がリードする必要性も提示しています。これにより、適切な人材の配置や予算配分が促されます。
オフィス内にいる人だけに頼りすぎず、遠隔でコミュニケーションを取れるツールを使い、外部などから有能な人材を取り込むことを推奨しています。
既存システムを改築するDX戦略の策定
新型コロナで人の労働が制限されたことを挙げ、コロナ禍の「 人が作業することが前提の業務 」を顧客目線で「 デジタルを前提 」にするよう提示しています。
デジタル化による効率アップだけでなく、コロナ禍を乗り越えるための手法としても、DXを推奨しているのです。
一度見直しても長続きせず、古いシステムに戻ってしまうことを懸念し、定期的な見直しを促しています。
デジタル技術を導入しても一回で全て上手くいくとは限りません。ここでは、導入結果を分析して改良を重ね、実務に適正化することを示しているのではないでしょうか。
改善するにあたって純粋な利益だけでなく、顧客へ価値を与える方向性が重要と述べられています。
DX推進状況を把握・分析する
前述したDX推進指標による自己診断を促す項目です。関係部署の間で定期的にDXの推進状況をチェック・共有し、次のアクションを明確化することが目的。
DX推進によりどんなメリットが得られたか、長期的に分析を重ねることで、より良い方向性が見えてきます。
産業変革をさらに加速させる
従来の受託開発に頼るのではなく、対等にやり取りができるベンダー企業とのパートナーシップ構築を推進しています。
社会の変化を迅速に把握して、柔軟に対応できる体制作りも重要とのこと。このために、政府もDX推進のための制度を充実させることを目標としています。
デジタルプラットフォームの形成
利害関係や競争を越え、お互いが支援し合うことで、共通プラットフォームの作成を目標としています。
業界や会社によってシステム構造がバラバラな縦割り社会を解消し、よりスムーズに業界全体が技術発展することを視野に入れているのです。
事業者間や社会全体が容易に連携できるように、アーキテクチャ( 全体見取り図 )の設計や、設計できる人材の育成を掲げています。
DX人材を確保・育成
社内外から様々な人材が参加できる人事の仕組みを構築、DXをけん引する人材の確保・育成をすることで、長期的にDXを継続する土台を作り上げます。
従来までの年功序列や一部の限られた人での業務遂行にこだわらず、広く人材を受け入れる必要があるでしょう。
DXレポートに関するアクセンチュア最新調査の結果
アクセンチュアとは、アイルランドに拠点を置く世界最大級の経営コンサルティングファーム。2021年1月27日に公表した最新調査の結果を要約すると、以下の内容でした。
- 新型コロナウイルス感染症の影響でデジタル化が進んだ
- デジタル化により5兆米ドルの経済成長が見込まれる
- 成熟度が高い企業( =未来型企業 )ほどデジタル技術の活用能力が高い傾向にある
- 未来型企業はコロナ禍でも“約2倍の効率化 ” と“約3倍の収益アップ ” を達成
未来型企業が特に注力している分野は、「 クラウド 」「 マシンインテリジェンス 」「 大規模な自動化 」「 スマートなデータ活用 」「 俊敏性を備えた労働環境 」の6つ。
なお、こちらの調査は日本始めとする世界11カ国、13の業界を対象に実施しています。
新型コロナウイルスの影響でデジタル化が加速し、世界的にDXが進捗していることがうかがえます。
これに対して、DXレポート2が公表された2020年12月時点で、日本のDX推進は“ 停滞気味 ” でした。コロナ禍で利益を出すためにも、DX推進の重要性がうかがえます。
DXレポートに関する大手コンサルティンググループの動向
DXレポートに関連して、世界的なコンサルティンググループからいくつか情報を提示されています。
マッキンゼー・アンド・カンパニーは2020年9月に、「 デジタル革命の本質:日本のリーダーへのメッセージ 」というレポートを公開しました。
“2025年の崖 ” の観点から見ると、日本はデジタルに対して行政・規制などの構造から遅れているため、DXを推進できていないとのこと。
例としてFAXやハンコなどの文化も列挙されています。他にも、日本企業特有の問題として以下の内容が述べられてます。
- 日本は人同士の接触を極力減らすツールの利用率が著しく低い
- 経営者の理解・コミットメント不足や人材不足が主な原因と見られる
- コストと混同してデジタル技術・ツールに投資していない
- 社内にエンジニアがおらず外部へ委託する傾向が強い
- 経営トップの年齢層が高いため新しい技術に慎重
- 年功序列の外部人材を活用しない風潮が抑制している
これを踏まえた上で、既存ビジネスの業務プロセスをデジタル技術により変革し、古いビジネスモデルから抜け出すよう促しているのです。
また、ただ既存業務をITへ以降するだけでなく、“変革を起こす ” ことでDXが成功するとのこと。会議推奨・紙資料推奨・メールNG・固定席NGなどの古い考え方を改める必要があります。
参照/マッキンゼー緊急宣言
DXレポートを踏まえて将来に向けて動こう
DXレポートや海外の大手コンサルティング企業のレポートを見ると、日本社会の運命が大きく変わる状況下であることがうかがえます。
新型コロナウイルスの影響を乗り越えるためにも、将来起こりうる損失を回避するためにも、DX推進は必須となっています。
いずれの視点からも、「 経営層の理解・コミット 」や「 人材不足 」がDX推進を妨げる大きな原因とのことでした。
今回ご紹介したDXレポートに加え、様々な本・コラムで知見を深めたり、時には専門のコンサル企業や外部の人材も頼りながらDXを推し進めましょう。